森町の祭り屋台
静岡県森町の祭り屋台と祭りの様子を、写真と解説で紹介します(31件)。
屋台に刻まれた物語
森町の祭り屋台と彫刻を、もっと深く
森町の祭り屋台56台・彫刻916点を、岩本雅志の3冊の冊子をもとに記録した姉妹サイトです。
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2026年森の祭り、三島神社から始まりました
前日の雨も上がり、すっきりとした秋晴れの6日の正午、三島神社に集合した14台の屋台の清祓い、新氏子の受け入れ、祭りばやしの奉納を行い、祭典開始が宣言されました。 その後屋台はそれぞれの町内へと戻り、引...

森町の屋台 梶ヶ谷 梶盛社
森町の梶ヶ谷町内会がますます盛えるように祈念して「梶盛社」と命名されました。 当時は森町鴨谷に住んでいた一木健一氏が鴨谷「賀明社」として建築。平成元年に新屋台が落成したことから、一木健一氏が転居した...

森町の屋台 若宮 若宮社
屋台名の決定には町内アンケートを実施したそうです。若宮地区という新しい団地名にちなんで若宮社と名付けられました。 もともと森町新町「北街社」屋台として落成し引き回していたもので、平成3年11月に若宮...

森町の屋台 東組 東雲舘
「東雲」は、「しののめ」といい、太陽が昇り始める前に茜色にそまる空を意味する日本の古語。東組町内会の「東」とこの地区の発展を祈って、「東雲」と名付けたのではないかと言われています。 現屋台は2代目で...

森町の屋台 西組 宝僊社
宝僊社は、先輩住民が長年育てた地域の「宝」であった立木を売却したお金で屋台を建築したそう。 「僊(せん)」は、「仙人(せんにん)」にも通じ、長く反映する町となるように、という意味が込められていると言...

森町の屋台 市場 浅草舘
森町市場の祭り屋台「浅草舘」。 市場地区の本立寺の隣にある観音様は東京の浅草観音と関係が深いことから「浅草観音」と名付けられています。その名を屋台にも付けたと言われています。 前屋台は袋井市川井に...

森町の屋台 下飯田 宮本車
山名神社のおひざ元であることから宮本車と名付けられました。 彫刻は旧屋台の大罪を受け継いでおり、また支輪には山名神社に伝えられる舞楽が取り入れられています。 現在の屋台は三代目と言われています。

森町の屋台 中飯田 本城舘
2025年7月19日(土)、20日(日)に行われた森町飯田地区の「天王祭」。 中飯田には「飯田城跡」があり、そこは「本城」と呼ばれていることから「本城舘」と命名したのではないかと言われています。

森町の屋台 上飯田 鶯鳴舘
2025年7月19日(土)、20日(日)に行われた森町飯田地区の「天王祭」。 山名神社から出てきたのが、今年の大当番、上飯田の屋台「鶯鳴舘」です。 明治41年の落成で、彫刻を付けたのは大正7年、昭...

森町の祭り2025
森の祭りでは、交差点などで屋台同士がにらみ合って“けんか”します。 1日目の夜、仲横町のT字路では、なんと3台の屋台が顔を突き合わせていました。 いつもは静かなシャッター通りですが、祭りの日は活気...
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森町の祭り2025
2025年11月7日、森の祭りの1シーンより。 狭い町内を豪華な装飾を施した14台の屋台が行き交い、夜には激しい練りが行われることで知られる森の祭りですが、1日目の昼間の三島神社からのスタートや2日...

森町の祭り2025
3日目は朝から雨模様・・・ 夜はいよいよクライマックスの「舞児還し」。三島神社⛩️に仕えた👩🦰舞児🧑🦰を、各自宅へ送る伝統の祭事です。 花火の合図で舞児を載せた屋台が次々と三市の神社を出...

森町の祭り2025
1日目の昼、三島神社に集合した屋台がいざ、出陣!! 昼終わりの小学生や中学生たちが、昼ごはんもそこそこに自分の町内の屋台に合流していました…!! 秋空の下、誰もが晴れ☀️晴れとしたいい顔😀をして...

森町一宮 片瀬 八面社
森町一宮にある八面神社の3代目屋台「八面社」。 八面神社は、その昔家康と対峙した武田軍の重臣が構えた片瀬城(一宮城)の一角にある神社。 2025年10月12日(日)、一宮の公民館前に屋台が集結したとき...

森町 子ども屋台
一般的に、山車(だし)といわれているものを、このあたりでは、屋台(やたい)と呼んでいます。 この山車は神様の依り代(よりしろ)とされ、山車を引いて町を練り歩くことで、神様の恵みを町全体に行き渡らせる...

森町の祭り 山名神社「天王祭」
毎年7月に行われる山名神社の「天王祭」。その見どころである「山名神社天王祭舞楽」は、国指定重要無形民俗文化財に指定されている全国的にも珍しい伝統芸能です。 カマキリの面をつけた舞手が舞う「蟷螂(とうろ...

森町の屋台 仲横町 比雲社
現在の屋台は平成元年9月、大庭政吉を委員長とした屋台建設委員会を発足させ、平成5年10月、屋台と彫刻が完成した。屋台本体は栄町の工匠・山本庄平の天才的な技術によって造られ、彫刻は富山県の井浪彫刻協同組...

森町の屋台 新町 北街社
森町村の最北に位置していたことから、「北街社」と名付けられました。御簾前の欄干の手すりが正面で門のように開く造りが特徴で、祭りのクライマックス「舞児返し」の際には、舞児が乗ったその姿がひときわ映え、特...

森町の屋台 大門 鳳雲社
昭和53年本町(水哉社)より独立する際に町内から募集。雄大に天空を舞い、白雲を友とする良いことが起こる時に姿を現すとされる瑞鳥(ずいちょう)にあやかって「鳳雲社」と命名されたそうです。 昭和53年に...

森町の屋台 天宮 凱生社
明治28年、日清戦争で日本が大勝し、全国で軍隊の「凱旋」を祝ったことにちなみ、「凱生社」と名付けられました。屋台には天宮神社のヒノキ材が使い、森の祭り屋台の中で唯一、塗装をせず白木のまま仕上げられてい...

森町の屋台 向天方 慶雲社
心からの喜び、おめでたいという意味の「慶」、おめでたいことが起こる兆しとして発生する「雲」というところから、町民の幸せを祈って慶雲社と名付けられたのではないかと考えられています。 ・飾り細工は、小瀧...

森町の屋台 栄町 藤雲社
町内の金森神社には、樹齢400年以上の大きな楠に巻き付く「十七夜(かつての栄町の地名)の大藤」と呼ばれる藤の木があります。その藤のつるが龍となって天に昇る姿に見立てられ、町の発展と飛躍を願って「藤雲社...

森町の屋台 下宿 桑水社
昔、中国で大きな日照りが続き、草木は枯れ、作物も実らず、人々は水に困り命を落とすほどの大きな災いがあったそうです。ところが、ある村だけは一本の桑の大木にたまったしずくを口にして渇きをしのいだ、という不...

森町の屋台 戸綿 睦栄社
明治36年、社設立時は「飯田村睦実町」という地名だったことから、睦実地区の繁栄を願って命名されたと言われています。 明治36年設立時の趣旨に「自由、平等を尊重、共同一致の精神を以って公共的観念のもとに...

森町の屋台 川原町 沿海社
太田川は明治初期まで豊かな水をたたえ、荷を積んだ船が福田港との間を往来していました。川に沿って発展したこの町の屋台ということで、川を海に見立てて名付けられたそうです。 最小世帯の町内だったので昭和5...

森町の屋台 南町 湧水社
町の中心部は、昔太田川が流れていたため昭和30年頃まで至るところに湧き水が見られました。きれいに澄んだ豊かな湧き水を中心として集まったこの町の団結と発展を願って命名されました。 昭和59年栄町から分離...

森町の屋台 西幸町 龍生社
龍が昇天するがごとく多方面で発展することを願って命名されました。典雅なこの屋台は、新興住宅地であるこの地区の、町内住民の統一と団結のシンボルとして、大きな役割を果たしています。 ・欄間の彫刻は、太閣...

森町の屋台 明治町 明開社
明治に入って文明開化とともに開けた町名である明治町から「明開社」と名付けられました。森の祭り独特の勇壮、優美なスタイル、渋み、優雅さを備え、他の町の屋台建設の際によく参考にされています。 ・現在の屋...

森町の屋台 本町 水哉社
社名の由来は「泉湧くところ水は哉(もと)なり」の言葉からとったという説があります。昭和50年、新屋台建設気運の先駆けとなり製作された雄渾(ゆうこん)、典雅(てんが)な屋台です。 ・金具は村井幸雄(愛...

森町の屋台 城下 谷本社
城下地区の氏神様「谷本神社」の名前をとって社名としました。彫刻、塗装、飾金具の調和、左右側面の中心にも柱があり本柱6本なのも特色で、町内自慢の豪華な屋台です。 ・彫刻は谷本神社の御祭神「須佐之男之命...
